仙台高等裁判所 昭和27年(う)631号 判決 1953年4月10日
控訴人 被告人 佐藤重盈
弁護人 成田篤郎 真木恒
検察官 屋代春雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
ただし、この裁判確定の日から弐年間、右刑の執行を猶予する。
被告人から金弐万八千弐百円を追徴する。
原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中、貸金業等の取締に関する法律違反の点は、いずれも無罪。
理由
弁護人成田篤郎の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義及び弁護人真木恒名義の各控訴趣意書記載と同じであるから、これを引用する。
成田弁護人の控訴趣意第二点及び真木弁護人の控訴趣意第二点について。
貸金業等の取締に関する法律第十五条は、その立法趣旨からみて金融機関の役職員が自己の計算又は責任において金銭の貸付、金銭の貸借の媒介又は債務の保証を行うことを禁止するにあつて、金融機関の計算と責任において例えば正当に金融機関の帳簿に記載して右の所為をする場合、同法条はその適用がないものと解するのが相当である。本件において、原判決が原判示第二及び第四において認定するところは、常陽銀行平支店の貸付係主任たる被告人が小針暦二から融資を依頼されるや、貸付係主任の地位を利用し、小針の利益を図る目的で庭山丑松の同銀行に対する定期預金を担保として、同人に銀行から金員を貸付け、これを小針に融資するよう庭山、小針間における貸借の媒介をしたというのであり、その挙示する証拠によれば、被告人は庭山に対しその定期預金を担保として銀行から金員を貸付けるに当つては正当に同銀行の帳簿に記載し、その利子を銀行に入れていることが窺われる。されば、被告人は自己の計算又は責任において右貸借の媒介をしたものではないから、被告人の右所為は前記法条にいわゆる金銭の貸借の媒介にあたらないものというべきである。それ故、これに対し前記法条を適用処断した原判決は判決に影響を及ぼすことが明かな法令の適用の誤をしたものである。そして、原判決は右原判示第二及び第四の所為とその余の所為とを併合罪として一個の刑を科しているのであるから、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。
そこで、弁護人その余の控訴趣意に対する判断は後記自判の際示されるのでこれを省略することとし、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決すべきものとする。
(罪となるべき事実)
被告人は昭和二十三年十一月末頃から平市株式会社常陽銀行平支店の貸付係主任の職にあつたものであるが
第一、昭和二十四年五月二十七日頃、小針暦二から金三十万円の融資を依頼されるや、貸付係主任として庭山丑松の同銀行に対する定期預金を担保として同人に金三十万円を銀行から貸付け、同人からこれを小針に融資するよう右両者間の貸借の媒介をしこれに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、その頃右小針から同銀行裏口附近において金一万円を受納し
第二、同年六月三十日頃、右小針から更に金三十万円の融資を依頼されるや、前同様の方法で右庭山小針間における金三十万円の貸借の媒介をし、前同様の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同年七月一日頃右小針から前同所において金八千二百円を受納し
第三、同年八月二日頃右小針から更に金五十万円の融資を依頼されるや、前同様の方法で右庭山小針間における金五十万円の貸借の媒介をし、前同様の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同月四日頃片山四郎男を介して小針から前同所において金一万円を受納し
以て、いずれもその職務に関し賄賂を収受したものである。
(証拠の標目)
右の事実は
(1)証人小針暦二に対する裁判官尋問調書
(2)庭山丑松の検察官に対する供述調書
(3)片山四郎男の検察官に対する供述調書
(4)原審第二回公判調書中証人庭山丑松の供述記載
(5)原審第三回公判調書中証人小針暦二の供述記載
(6)被告人の司法警察員に対する第一回乃至第三回供述調書及び検察官に対する昭和二十五年九月八日附、同月十五日附、同月十九日附(二通)の各供述調書
を総合して、これを認める。
(法令の適用)
被告人の判示所為は各経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第二条前段に該当するところ、以上は刑法第四十五第前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により、犯情の最も重いと認める判示第三の罪の刑に併合罪の加重を施し、その刑期範囲内で、被告人を懲役六月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、なお被告人の収受した合計金二万八千二百円は全部これを没収することができないから、経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律第四条によりその価額を追徴すべく、原審及び当審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用する。
本件公訴事実中、被告人が(一)昭和二十四年六月三十日頃前記小針から金三十万円の融資を依頼されるや、前記貸付係主任の地位を利用し、小針の利益を図る目的で、前記庭山丑松の前記銀行に対する定期預金を担保として同人に金三十万円を銀行から貸付け、これを小針に融資するよう庭山小針間の貸借の媒介をし、(二)同年八月二日頃右小針から更に五十万円の融資を依頼されるや、前同様貸付係主任の地位を利用し、小針の利益を図る目的で、庭山の同銀行に対する定期預金を担保として同人に金五十万円を銀行から貸付け、これを小針に融資するよう庭山小針間の貸付の媒介をしたとの点については、貸金業等の取締に関する法律第十五条にいわゆる金銭の貸借の媒介をした事実を認むべき証拠がなく犯罪の証明がないことに帰、するところ、右はそれぞれ前記第二、第三の経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律違反の所為と観念的競合の関係にあるが、検察官はこれを併合罪として起訴したものと認められるので、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条により、被告人に対しこの点につきいずれも無罪の言渡をなすべきものである。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 細野幸雄)
弁護人成田篤郎の控訴趣意
第一点原判決判示第一、第三、第五ノ収賄関係ハ事実ヲ誤認シタルカ又ハ法律ノ解釈ヲ誤レル不法ガアル、右ハ無罪テナケレハナラナイ惟フニ経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律(以下同法ト云フ)第二条ハ銀行(其ノ他ノモノハ全部省略スル)ノ役職員テ其ノ職務ニ関シ賄賂ヲ収受(其ノ他ノ場合モ省略スル)シタルトキハ之ヲ所罰シテ金融機関タル銀行ト之ヨリ貸出其ノ他ノ融資ヲ受クル者トノ間ニ介在シテ当該銀行ノ役職員カ公正ヲ欠ク様ナ取引ヲナサシメザルヲ其ノ主要目的トスルニ在リ従ツテ役職員ノ地位ニ在ルト雖モ銀行トノ取引ニ関係カナク私人対私人間ノ貸借ニ関シテ幹旋シ得サル理由ハナク同法ハ之ヲマテ禁止スル法意テナイコトハ職務ニ関シトアルニ徴シテ明テアリ、此ノ理論ハ一般刑法ノ賄賂罪ニ於テモ亦同一テアル、本件ニ就テ申スナラバ小針暦二カラ融資ヲ依頼サレタ被告人ハ銀行トシテハ之ヲ拒絶シタルコト記録上明白テアツテ之ニヨリ職務関係ヲ断絶セラレ居ルノハ窺フニ足レリト云フヘキテアル、小針暦二ハ然ラハ他ヨリ融資方斡旋シ貰ヒタキ旨申入タルニ対シ被告人ハ断リ切レヌ思案ノ余リ庭山丑松ニ遊金アルコトヲ思ヒ出シテ同人ヨリ小針ニ貸出サセヨウト考ヘテ同人ニ交渉シタ結果承諾ヲ受ケタノテ之レカ仲立ヲシタモノテアル、只庭山ノ貸付資金ニ付テハ同人ノ常陽銀行平支店ニ対シ有スル定期預金ヲ担保トシテ融資スルコトノ方法ヲ取ツテハ居ルカ右ハ銀行トシテ定期預金者ニ期限前預金ノ限度内ノ貸付ヲスルノハ通常行ハレテ居ル事実テアリ若シ庭山カ貸付期日ニ弁済セナイトキハ右預金ト相殺スレハ事足レルモノテアツテ何等ノ損害ヲ生スル筈ハナイ尚ホ之レニ関シ被告人ハ庭山ヨリ何等ノ賄賂収受関係カナイ故ニ賄賂罪ノ成立スル筈モナイ本件ハ庭山ノ債務者小針暦二カラ判示第一、三、五ノ金員収受シタコト(勿論之ノ事実ニ付テハ被告人ノ争フ所テアル)ヲ以テ同法第二条ノ賄賂ト認定シテ居ルケレ共叙上ノ如ク金融機関以外ノ第三者間ノ貸借ニ関与シタコトノ謝礼トシテ金員ノ授受カアツタトスルモ之レヲ以テ其ノ職務ニ関シ収受シタト認ムルコトカ出来ナイノハ常識上当然ノコトテアリ所謂銀行ノ役職員カ其ノ職務上収受シタモノトハ何等ノ関係カナイコト明白テアルカラ不法テアル。
第二点原判決判示第二及ヒ第四ノ所為ハ貸金業等ノ取締ニ関スル法律第十五条ニ所謂金銭貸借ノ媒介行為テハナイカラ無罪ヲ相当ト信スル、事由ハ左ノ如クテアル
「貸金業等ノ取締ニ関スル法律第十五条ニ就イテ」ト題スル昭和二十四年六月二十九日附銀特第四九一四号大蔵大臣ノ通牒ニヨレバ右ノ法条ハ金融機関ノ役職員カ自己ノ計算又ハ責任ニ於テ(所謂サイドビズニイスとして)金銭ノ貸付、金銭ノ貸借ノ媒介又ハ債務ノ保証ヲ行フコトヲ禁止スルモノテアルカラ金融機関ノ計算ト責任ニ於テ例ヘハ正当ニ金融機関ノ帳簿ニ記載シ同条ノ行為ヲナスコトハ差支エナイモノト解スル、尚ホ単ナル名刺ニヨル紹介ハ同条ニ規定スル金銭ノ貸借ノ媒介ニナラナイモノト解スル旨ノ解明ガアル、右ハ同条ノ立法趣旨トシテ之カ解釈適用上ノ指針タルヘキモノテアル、本件被告人ノ為シタル行為ハ右通牒ニヨル如ク自己ノ計算又ハ責任ニ於テ媒介ヲシタモノテハナク庭山丑松対小針暦二間ノ貸借関係ノ仲立ヲシタニ過キナイコトハ明白テアルカラ本件ヲ罪ト認定シタ原判決ハ同法ヲ誤解シタル違法カアル、蓋シ前記ノ通牒ニ示ス如ク金融機関ノ役職員カ当時ノ金融梗塞ニ乗シ自己ノ計算責任ニ於テ闇金融(又ハ浮貸シトモ云フ)ヲ行ヒ金融界ニ害毒ヲ流シタルハ公知ノ事実ニシテ右ハ何レモ金融機関ノ地位ヲ利用シテ為サレテ居タカ之ヲ禁止セシムルタメ同法ヲ立法スルニ至ツタ、尚ホ闇金融ノ貸付、媒介、保証等ニ至ルマテ一切禁止セシムル法意ナノテアル
原審ハ同法第十五条ノ文言解釈ニ拘泥シ自己又ハ当該金融機関口外ノ第三者ノ利益ヲ図ルタメ一切之ヲ為シテハナラナイ趣旨ト速断シテ居ルケレ共右通牒ニモ示ス如ク単ナル名刺ニヨル紹介ハ媒介ニナラナイトアリ其ノ意味ハ具体性ヲ欠クト雖モ役職員ニ於テ第三者間ノ金銭貸借ニ付キ或ル程度ノ媒介ヲナスモ本法違反トハナラナイ趣旨テアルコトハ諒解スルニ足ルモノト云フヘク従ツテ本件被告人ノ場合媒介ト認ムヘキカ否カニ付テモ前記通牒ノ趣旨ヲ考慮シ其ノ線ニ添ヒタル解釈ヲ為スヲ喫要ト思料スル、若シ原審ノ如ク判断ヲ加フルナラハ銀行役職員等ハ大部分本法違反トシテ検挙サルルテアロウコトヲ想到シ其ノ不当ヲ確信スル
思フニ被告人カ小針ヨリ懇願セラレテ庭山ヨリ金員借入ヲ仲立シタノハ貸付課長タル職務上ノ地位ヲ離レテ被告人個人トシテノ立場カラ仲介シタモノテアルコトハ記録上明テアル、然シテ右ハ庭山ノ責任及ヒ計算ニ於テ行ハレタモノテアルコトモ明白ト謂ハネハナラナイカラ被告人ノ勤務スル常陽銀行平支店ニ対シ何等ノ損得ヲ生スル虞ハナイ、従ツテ判示第五ノ貸付金五十万円カ仮令回収困難トナリテモソハ貸主庭山丑松ノ責任、計算ニ於テ損害ヲ蒙ルニ過キスシテ当該銀行トシテ何等関係ノナイコトテアル
被告人ハ当時貸付課長タル地位ニアツテ庭山ノ小針ニ対スル貸付資金ニ付キ銀行ヨリ融資シタコトハ争ヒナイカ銀行ハ預貯金ヲ吸集スル一方貸付等ヲシテ利ヲ営ムノカ常態テアリ其ノ貸付カ不正、不良テアツタナラ之ヲ咎ムヘキテハアルカ本件ノ如ク定期預金担保テアル場合其ノ貸付ハ最モ確実善良性ヲ持ツコト明白テアリ然モ右貸付ニ当リ何等ノ賄賂モ取ラナイ、其ノ貸付金ヲ庭山丑松カ如何ニ使用スルコトモ銀行ノ関与スル限リテナイ、従ツテ之ヲ小針ニ貸与スルコトノ世話ヲシタカラト云フテ同法第十五条違反ニナラナイト信スル
第三点貸金業等ノ取締ニ関スル法律(以下同法ト云フ)実施期日以前ニ係ル原判決判示第二、四ノ行為ハ罪トナラナイ、事由ハ左ノ如クテアル、即チ同法ハ昭和二十四年五月三十一日公布サレタカ同日カラ三十日ヲ経過シタ日カラ之ヲ施行サレルモノテアルコトハ同法附則第一項ニヨリ明テアル、仍テ同法ノ施行日ハ同年六月三十日テアル、尚ホ同法附則第二、三項ニヨリ明テアル如ク此ノ法律施行後三ケ月間丈ケハ実施ヲ猶予シ同法第五条ノ規定ハ適用シナイコトモ明テアルカラ結局九月三十日迄ハ同法ノ実施猶予サレテ居リ十月一日ヨリ正確ニ実施サレルノテアル、而シテ判示第二ノ行為ハ同年六月三十日頃平市内甲陽館ニ於テ云々ト判示シテアリ果シテ六月三十日ナルヤ其ノ前日ナルヤ不明テアルカラ斯ル場合ハ被告人ノタメ有利ニ解釈ヲ下シテ同法施行前ノ行為トシテ仮リニ判示ノ行為カ有罪タリトスルモ同法ノ拘束ヲ受クル以前ノ行為ト看做シ無罪ノ判断ヲ加フヘキカ妥当適切ナル裁判テアルト信スルカラ之ト異ル解釈ノ下ニナサレタ原判決ハ不法トシ破毀スヘキヲ相当トスル
次ニ判示第四ノ行為ニ付テハ同法実施期日カ同年十月一日テアルカラ判示ニヨレハ同年八月二日頃平市内福寿軒ニ於テ云々ト判示セラルル以上ハ実施猶予期間内ノ行為トシテ之レ亦無罪ノ判断ヲ加フヘキガ妥当適切ナル裁判テアルト信スルカラ前項同断ノ理由ニヨリ原判決ハ不法トシ破毀スヘキヲ相当トスル
第四点原判決ハ事実ノ認定ヲ誤マレル不法カアル、其ノ事由ハ左ノ如クテアル
原判決判示第一ノ金壱万円ヲ小針暦二カラ被告人カ受取ツタ点ハ受取ルニハ受取ツタカ之レハ其ノ直後ニ貸主テアル庭山丑松ニ被告人カラ渡シテ居ル、詰リ被告人トシテハ取ル気カナイノテ貸主ニ対スル礼金タト信シテ貸主ニ渡シタノテアル(第六回公判ニ於ケル証人片山四郎男ノ供述調書中同趣旨ノ証言ヲ引用スル)故ニ結局右金壱万円ヲ被告人カ賄賂トシテ受取ツテハ居ナイノテアル
判示第三ノ金壱万円ノ内金八千二百円ニ付テハ七月一日頃第二回ノ金三十万円貸借ヲナス際小針暦二カラ金壱万円ヲ交付サレタカ之レハ利子ノ支払ニ充ツルタメニ交付サレタノテ被告人ハ金千八百円(額ニ多少相違カアル)ノ利子ヲ銀行ニ支払ヒ残額ハ小針ニ返還シヨウトシタカ先ツ預ツテ置イテ貰ヒタイト強ヒテ云ハレタノテ之ヲ預ツタノテアツテ賄賂トシテ受取ツタノテハナイ、而モ之ノ預リ金ハ後ニ五十万円ノ貸付カ返済サレナイタメ被告人ハ庭山カラ云ハレテ東京都千代田区有楽町ノ小針暦二居住先ニ赴キタル処同人ハ福島県白河市外金山村ノ小針氏自宅ニ帰郷シタト云フノテ同所ニ赴イテ妻ニ会フテ督促シタ費用五千余円、片山四郎男カ小針ニ催促ニ行クトキ金千円ヲ被告人ヨリ交付シ尚ホ金五十万円ノ期限迄ノ利子トシテ金四千八百四十円、金三十万円ノ後口ノ方ノ期限後ノ利子金百三十二円、計金一万二千八百余円ヲ支弁シ居リ却ツテ被告人ハ金二千八百余円ヲ自ラ負担シタコトニナツテ居リ原判決ノ如キ賄賂トハ到底認ムルコトカ出来ナイモノト云フヘキテアル判示第五、ノ金壱万円ヲ小針カ片山ヲ介シテ八月四日頃被告人ニ交付シタトノ点ハ被告人ノ全然否認スル所テアツテ之ノ貸借ニ付テハ被告人ハ初ヨリ仲介ヲ拒ミ居リ寧ロ片山カ積極的ニ伸立シテ庭山ヨリ貸付ケシメタモノテアル、片山ハ原審証人トシテ自分丈ケカ多ク金ヲ取ツタト見ラレルノテ被告人ニモ金一万円ヲ交付シタト証言シテハ居ルカ之ノ点ハ全ク虚構テアル、右金ハ片山及ヒ庭山カ収得シテ居ルニ相違ナイト確信スヘキ筋カ見受ケラレルコトヲ特ニ明言シ置タイ、尚ホ庭山ハ第一回ノ金三十万円貸付ニ当リ一銭ノ礼金モ受取ラズ被告人ノミカ金壱万円ヲ取ツタコトニナル様テアルカ斯ル貸主ハ殆ントナク而モ庭山ハ前ニモ定期預金担保テ銀行カラ金ヲ借リ夫レヲ第三者ニ貸シテ月一割ノ礼金ヲ含ム利子ヲ取ツタ事例モアル人テ本件ノミニ付テ之ヲ取ラヌ訳ハナク第三回目ノ五十万円貸付ニ当リ小針ノ出シタ金四万円ノ大部分ナソハ貸主庭山ニ礼金トシテ交付サレタテアロウコトハ想像ニ難クハナイ第一回ノ金壱万円モ被告人カラ庭山カ確カニ受取ツテ居ルコト必定テアル(片山ノ第六回公判証人調書)
弁護人真木桓の控訴趣意
第一点原審判決は事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすこと明白であるので破棄を免れないものである。
第一、(1) 即ち原審は「昭和二十四年五月二十七日頃小針暦二から金三十万円の融資を依頼せらるるや庭山丑松の右銀行に対する定期預金を担保として同人に金三十万円を銀行から貸付け同人からこれを小針に融資させるよう貸借の媒介をしたがこれに対する謝礼の趣旨で供与されるものであると知りながらその頃右小針から銀行の裏口附近において職務に関し金一万円を収受した事実を認定した。(2) 然しながら(イ)被告人は貸借の媒介をしたものでなく庭山丑松からの申込により株式会社常陽銀行平支店は同人の定期預金を担保として昭和二十四年五月二十七日に於て金三十万円の約手を以て訴外庭山サチ子に貸付同人の普通預金に払込を為し庭山に於て之れを払戻しの手続をして同時に株式会社東邦銀行白河支店の中神炭礦代表渡辺重三郎に振替送金をしたものである事は原審提出の常陽銀行平支店の二四、五、二七日日附伝票為替元帳当座受入報告(東邦銀行白河支店の)送金振替伝票等の各証拠物及原審証人元常陽銀行平支店次長である津久井峯一郎(現在水戸市常陽銀行本店在勤)の之を裏書した証言調書(公判調書)と原審被告本人の供述調書等によつて明かでおり而して其貸借は庭山丑松、片山四郎男、小針暦二等間に於て相談を致し被告人は只オブザーバーとして立会しただけであるのと銀行員として当時前記規定通りの諸手続をしてやつたに過ぎないのである。原判決はこの重大なる事実を誤認し庭山と小針間の貸借を媒介したものと判示した事は誤りである。(ロ)又原審は被告人が其情を知りながら小針から職務に関して金一万円を収受したとの事は重大な事実の誤認であり之れがため判決にも影響を及ぼすこと明かである。何となれば被告人は職務に関して小針から金一万円を収受した事はなく右は庭山に取次いだに過ぎず被告人の懐に入つたものではない事は原審公判調書の片山四郎男の第二回証人調書によると七月一日頃甲陽館であつた時トタンの話が出たそれは庭山丑松が物置を造るのにトタンがなくて困る話が出て小針は当時炭礦を経営していて配給があつたので二十枚を八千円と見て庭山にやつたのであるがこれは第二回目の貸借の時であつて五月二十七日には貰う筈はないのであるのを原審では庭山が金一万円を貰つた記憶がなく其時はトタン丈けを貰つたとの誤つた供述をしたのと公判前の準備手続に於ける判事の証人調書で述べている根本の誤つた事実を供述したのと且小針暦二、庭山丑松等が五月二十七日に三十万円を佐藤さん(被告)の席上で現金で貰つたという(事実は振替送金している)誤つた記憶から供述している各原審援用の措信しえざる小針暦二の証人調書第三回公判調書庭山丑松の検察官に対する供述調書第二回公判調書片山四郎男の検察官に対する供述調書公判調書中の供述調書等を原審が援用した点を観るも根本的に前述の二つの大きな誤を基本としての考えから事実を錯覚しているものと云わざるをえない。(4) 特に前述トタンを第一回目即ち五月二十七日の貸借に礼として庭山が小針から貰つているので金一万円は貰わなかつたと思つている事の誤りである事は原審公判調書中の証人中沢の供述によると(同人は東部物資の取扱人)小針の経営せる中神炭礦にアインひき鉄板の配給された時期は昭和二十四年六月三十日八十枚同七月二十日二十枚で其以前には配給されていなかつた事実が明確であり五月二七日の本件第一回の貸借当時トタンの話が会合の席で出る筈はない事から見ても此際小針から金一万円を佐藤被告人が預つて庭山に渡した事は明かである況んや原審公判調書の第二回片山四郎男の証人調書によると甲陽館で七月一日に会合した際に庭山、片山、小針と被告人の居る処で一万円を庭山さんに確に渡しましたねと小針の面前で申したら庭山は「いただきました」との趣旨の供述をしている点から見て此点に付金一万円を被告人が収受したものと認定した事は重大な事実の誤認があり而もこれによつて有罪か無罪かの分れる点ともなるのである。之を要するに原審は罪とならない事実を誤認して罪となる事実と認定した違法あるものである。
第二、(1) 原審は「同年六月三十日頃平市内甲陽館において前記小針から金三十万円の融資を依頼せらるるや右貸付係の地位を利用し小針の利益を図る目的で前記庭山丑松の同銀行に対する定期預金を担保として同人に金三十万円を銀行から貸付けこれを小針に融資させるよう借人小針貸人庭山間に貸借の媒介をなし」と認定した。(2) 然しながら第二回目の六月三十日の貸借は小針、庭山、片山と被告人が甲陽館に会合し、六月三十日か七月一日頃小宴を開いて晩餐をしながらの相談で前に既に貸借が成立し而も第一回分が六月二十二日には返金されていた関係上前回の礼を述べたり、此時雑談の末トタンの話も出て庭山が物置を造るのにトタンがなくて困るとの事で小針が特に配給のものをやると申して話がまとまつた時で片山、小針等から三十万円の融資を庭山に頼み承諾をして直接に相談がまとまつたのが事実であり被告人は単に席によばれていただけである其手続は前述と同様に庭山が銀行に来て七月一日約手を自書で振出し七月三十日支払期日三十万円として出した庭山は現金を受取つてから庭山ユキの普通預金に入れ次で同人の預金から三十万円を払戻をして庭山方へ届け同人から直接借主へ渡しているのであるので被告人は銀行員として当然の職務を執つてやつたにすぎないのである。此点は原審提出の証拠物中昭和二十四年七月一日附貸付元帳貸付伝票預金伝票公判調書中証人津久井峯一郎の調書、被告人の公判の供述によつても明かであるに拘らず原審判決は之を媒介したと事実の認定を誤つたものであり右は判決に影響を及す事は明白であると云わざるを得ない、此点は庭山の検察官に対する供述、片山の検察官に対する供述調書でも明かである。
第三、(1) 原判決は「前記の貸借の媒介をしたことに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同年七月一日頃小針から右銀行の裏口附近において職務に関し金八千二百円を収受し」と認定したが(2) 右は被告人は職務に関して金員を収受したものでなく重大の誤認である。即ち第二回の貸借の際は小針は七月一日に金壱万円を持参して利子を支払つてくれといつて被告人が預つたものである。従つて被告人は直ちに利子の一九二〇円を支払を為し、残金七八〇〇は其儘預つておき小針の来るのを持つたが其後小針が暫く来なかつたそこで小針の代人として一切世話をして口をきいていた片山四郎男に残金はどうするのかと聞いた処「その中にくるからそのままにしておいたらよかろう」との話であり被告人に於て収受して懐に入れる意思は全然本件に於てはないのである尚第三回目の利子四八四〇円をその内から支払をし取立の費用一三〇〇円を片山に渡して結局一七四二円を預つている次第である此事実は原審公判調書中片山四郎男の証人調書中にも明かに供述していて真実である之を要するに此点に関する原判決は違法で到底破棄を免れない。
第四、(1) 原判決は「同年八月二日頃平市内福寿軒において前記小針から金五十万円の融資を依頼せらるるや貸付係の地位を利用し小針の利益を図る目的で前記庭山の銀行に対する定期預金を担保として同人に右銀行から金五十万円を受取りこれを小針に融資せしむるよう借人小針、貸人庭山間に貸借の媒介をなし」と認定したが、(2) 右は前述と同様事実の誤認であり被告人が媒介した事実のないのに拘らずこれを認定したのは不当である。即ち右は福寿軒に於て片山、小針から庭山に対して酒食を共にしながらもう一度助けてくれとの話が出て特に小針から炭礦の話が出て貯炭二〇〇屯ある、積込めば金になるのだから出炭さえすれば配炭公団から金がくるからもう一回丈け助けてくれとの事で一ケ月位面倒を見てくれとの話で直接相談がまとまり被告人は只同席したにすぎないのであり媒介をしたものでもなく又既に二回も取引して返金になつていた当時であるから媒介等をする必要もなく双方集つてきめたものである。然るに原審判決はこれ等の事実を誤認した違法あり判決に影響することも明かであると云わねばならぬ。
第五、(1) 原審判決は「右貸借の媒介をしたことに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら同年八月四日頃右銀行の裏口附近において職務に関し片山四郎男を介して小針から金一万円を収受したものである」事実を認定した。(2) 然しながら右被告人が金一万円を収受した事実は全然ないのである。
第二点原審は本件事実の認定を誤つている計りでなく原判決の第二、第四の事実即ち媒介したものとして貸金業等の取締に関する法律違反として有罪に処したのは法令の適用を誤り且その誤が判決に影響を及ぼすことが明かなものである。
(1) 資金業等の取締に関する法律に於て同法第二条第十五条第十九条等により処罰する趣旨は不正金融を防止し特に所謂浮貸等を取締る目的と私立銀行貸付等金融機関の営業の円滑な運営と其地位を利用し金融機関を危くし自己の私腹を肥すことを禁止するものである。然るに本件に於ては金融機関である常陽銀行は定期預金を担保として取引をし手形貸付をして利子を全部支払をうけていて利益こそ得れ何等の損害も受けていない現在全部完済されているのである。
(2) 即ち同法第十五条は金融機関の役職員が自己の計算又は責任に於て(所謂サイドビズネス兼業)として金銭の貸付金銭の貸借の媒介又は債務の保証を行う事を禁止するものであるから金融機関の計算に於て例えば正当に金融機関の帳簿に記載し同上の行為を為すことは差支かいものと解する旨昭和二十四年六月二十九日大蔵省銀行局通達にもあるので本件の被告人は前にも述べた通り正当に銀行の帳簿に全部の記載あり行員として為さねばならぬ当然の手続を執つたに過ぎない却つて各得意客に対する親切なる行為であつて決して同法第十五条第十九条によつて犯罪として処罰すべき筋合のものでない。然るに原審判決が之を有罪とした事は違法であつて原審判決は破棄さるるものと思料する。
第三、原判決は第一、第三、第五、の各所為を経済関係罰則の整備に関する法律違反として有罪の認定をしたのは法の適用を誤つた違法あるものである。右は前述事実の誤認の点に於て詳細述べたので援用する即ち被告の所為を媒介ありとして前記法律違反として適用したのは不当である。之を要するに被告人は右の事件により常陽銀行平支店の貸付課長の職を失い長年勤続したにも拘らず遂に失業したものであるが勤務中は優秀な行員として其成績もよく専ら銀行の為客の気を悪くしない様とのみ考えて一面銀行の為めの利益を図る目的でやつたもので毫末の私欲もなかつたのであり本件は当然無罪の事件である事を確信するものである。